SPECIAL 2004

2004年1月 4号 掲載


明治生まれの現役スキーヤー
三浦敬三さん
今年の目標は親子4代で滑ること。

   今年2月に100歳を迎える現役スキーヤーの三浦敬三さん。昨シーズンに挑戦した「白寿のモンブラン大滑降」は日本のテレビや新聞、雑誌などで幅広く紹介された。スキー関係者のみならず日本中の人々から「勇気を頂いた」「あれを見て元気が出た」というメッセージが三浦さんの元に寄せられた。
 昨年秋には天皇陛下から園遊会に招待されたり、多忙な日々を過ごした三浦さんだが、今シーズンも初滑りのためにウィスラ―・ブラッコム・マウンテンを訪れた。
 ウィスラーと三浦さんの関わりは、1971年に始まる。プロスキーヤーで活躍している長男雄一郎さんがエベレストに挑戦した映画「エベレスト大滑降」(1970年春)に感動した当時のカナダ首相、トルドー元首相が三浦一家をウィスラーのスキー場に招待したのがきっかけだ。「その時のウィスラ―には長屋が一軒あっただけで、こんなに大きくなるとは思いませんでした」と三浦さんは振り返る。
 今年の目標は「100歳の記念にひ孫の里緒ちゃんと親子4代で滑る」ということ。そのための体力養成が重要な課題。
>8シーズン連続で訪れているウイスラ―・ブラッコム・マウンテンの印象は?
 ウィスラーとブラッコムを合わせたら世界一だと思う。ただ、ツェルマットのツェルベニアみたいな長いコースがないんですよ。それが難点といえば難点ですが、変化があって面白いですよ。
>他にはどのような山を制覇したのですか?
 私は山岳写真もやるもんだから、写真も撮れて滑れるというところがいいと考えます。一番行ってるところはシャモニーですね。そこにはもう12回行きました。写真が趣味ですからそこは風景がすごいんです。
>日本国内では?
 八甲田と立山ですね。八甲田は山スキーとしては日本一ですね。山岳スキーとしては立山が日本一だと思うんですよ。
>思い出に残っている山は?
 やはり八甲田でしょうなあ、あと立山ですね。
>昨年滑ったモンブランのヴァレーブランシュの印象は?
 あそこは人が全く入らない場所で全体では24キロぐらいあります。難しい点はアイスフォール(氷河が急に流れ落ちる所、氷河の割れ目を注意深く避けて降りなくてはならない)の場所ですね。そこだけなんです。他はずっと広大な斜面が続いています。昨年は雪が多かったのですが、降ってから20日ぐらい晴れが続いて(雪が)自然に締まった最高の状態でした。
>日本スキー界ではどのような活動を行なってきましたか。またどんな苦労がありましたか?
 私自身は八甲田でスキーを始めました。そこはまったく自然で新雪の状態。しかも雪が深いし風が強いのでいろいろな雪があります。そこで勉強したものですから、普通の人たちと違うんですよ。だから八甲田の雪で滑れないようなスキーは全く役に立たないスキーだと。
>では主流の人達と違う考え方だったのですか?
 そうなんです。そういう点で私は他の人とは違う立場にあった。それで主張がぶつかって私は異端者の存在だったですよ。ただカービングスキーが出てきて、最近の理論は私の主張と何ら変わらなくなってます。私の主張はスキー用具が変わっても理論的にはずっと変わってないです。
>スキーを取り巻く環境はどのように変わってきたと思いますか?
 雪の圧雪なんて我々の時代にはなかったです。雪の圧雪が入ってならすようになりましたから、斜面が非常に良くなりましたね。ただ昔はならさなかったから、アイスバーンなんていうのはなかったのですよ。一番はじめにスキーをやった時にはエッジはなかったのです。それとリフトがなかったからみんな好き勝手に歩いて登って、好き勝手に滑るからコブというのもなかった。今はリフトで登って同じ所を滑るからコブになるわけです。
>今と昔とで滑り方を変えているのですか?
 滑り方はずっと変わらないですね。
>普段の健康管理は?
 起きた時、最初に首の運動ですね。そのあと口開け運動というのをやります。そして深呼吸、これは良い匂いのするものを左の鼻だけで吸います。そうすると右の脳を刺激します。右の脳を刺激するとボケ防止になるそうなんですね。そして鼻をつまんで内耳に空気がいくようにします。私は耳が悪いからこれ以上悪くならないように、現状維持のために耳を内部から刺激します。そして上体を左右に曲げたり前に曲げる運動。それからチューブを使って肩、膝、腰に刺激を与えます。
 そして東京に帰ったときや北海道の手稲(三浦さんは毎年、手稲スキー場で数ヵ月間を過ごす)では外に出て歩く運動をやってます。最初の5分間ぐらいは6分ぐらいの力で歩いて、最初は急いで歩くというのを50歩だけやります。また六分ぐらいの力でゆっくり歩いて回復したら、次は70歩早く歩いても大丈夫なんです。そういうふうにだんだん増やしていくんです。最後は体調に合わせて180歩ないし200歩ぐらいまで増やします。そういう方法をやってます。毎日やることが大事なんです。
>今シーズンの目標は何ですか?
 今シーズンは親子4代で滑ろうというのが目標ですね。
>今年2月15日100歳のお誕生日を迎えますね。
  実は最近は、歩くのがだんだんおぼつかなくなってきたんですよ。東京にいると娘が心配して杖を持たすんです。で今回は最後のつもりで来たんです。ところがね滑ってみるとなんとか思ったよりは滑れましてね。
>昨シーズンはトータルで何日間位滑りましたか?
 スキーに費やした日数は移動もいれて153日です。往復の移動もあるし(雪質が)悪い日には滑りませんし、実際滑ったのはだいたい120日ぐらいは滑ってるんじゃないかと思います。
>昨シーズン、ひ孫の里緒ちゃんはヴァレーブランシュの時には滑らなかったのですか?
 そうなんです。里緒ちゃんはまだ小さいから(当時3歳半)氷河は禁止命令が出て滑れなかったんです。今回は孫がアメリカのソルトレイクに住んでますから、そこのスノーバードというスキー場で親子4代で滑ります。スノーバードスキー場のオーナーはデック・バスといいまして55歳の時にエベレストに登り、雄一郎と南極の最高峰のビンソン・マッシフに一緒に登ったんです。その男がオーナーだから今回我々のリフト代は全部無料にすると言ってくれました。
 今回、三浦さんはウィスラ―に新しいスキーブーツを持参。このブーツは片方が800グラムという軽さで、回転が楽にできて歩きやすいのだけれど「左のかかとが外に逃げるような感じだった。アイスバーンの時に差がでるのでわかる」とひと滑りごとに仲間とブーツにテープを貼ったり取ったりしながら調整をしていた。「まだ調整中ですがどうも4枚貼るのがいいようです」と非常に研究熱心。
明治、大正、昭和、平成と4つの時代を山と共に生きてきた三浦さんが今年もウィスラーを滑り降りた。
(取材・写真 野口英雄)