MAPLE 2004

2004年10月44号 掲載


クィーン・シャーロット群島

海に囲まれた太古の森 Part1

 

 

ウォッチマン
QC島の集落跡にはウォッチマンと呼ばれるハイダ族の人々が常駐し、歴史や文化についてさりげなく教えてくれる

星野道夫氏の愛したトーテムポールの村跡へ

 カナダ西海岸、ブリティッシュ・コロンビア州の北端近くにあるクィーン・シャーロット群島(QCI )は、ハイダ族の人々が大切に守って来た深い森の美しさと、悲しい歴史と力強い復活を物語るトーテムポールで多くの人々を魅了している。

 写真家の星野道夫さんもその一人だった。彼は一本のトーテムポールの前で何時間も立ちつくし、まるで瞑想にふけっているようだったと、島の人々は言う。

 大自然の恵みに深く感謝し、森や海と共に生きてきた人々の歴史に触れ、木々や苔、たくさんの花や野生動物と出会う旅は、一瞬の感動だけではなく、星野氏をはじめとする多くの人々の生き方にまで長い影響を与えるような思い出になることだろう。
 
観光化と自然を護る姿勢との共存

 QCI へ渡ることは比較的簡単だ。バンクーバーからエアカナダなどの飛行機でもアクセスできる。群島の北部にはコミュニティも多く、それを結ぶ自動車道路もある。しかし飛行場がある場所から南、19 世紀以前のハイダ族の集落跡へ行くには、水上飛行機かボートで行くしか方法がない。

 特に、国立公園に指定されているエリアへ入れる人の数は年間1500名と限定されていて、過度の観光化によって自然や文化環境が破壊されることを防ごうというのがハイダ族の人々の基本的な姿勢だ。

  QCIは大小1884の島々から成る群島。ハイダ族の人々は少なくとも7000年以上前からここに定住していたと考えられている。一口に群島と言っても、真夏でも頂上付近に雪の残る険しい山から、白い砂の広々とした海岸まで島々の地形は変化に富んでいる。

 鮭を中心にした魚介類、野生動物、そして夏にはおどろくほどたくさんのベリー類も収穫できる。ハイダ族の人々はこの恵まれた自然環境を背景に、洗練された工藝技術や繊細で奥の深い伝承文化を育んできたのだ。


アンソニー島の入り江
アンソニー島の小さな入り江を中心に集落が広がっていた

ヨーロッパ人との出会いと疫病の蔓延

 ヨーロッパ人の記録にこの島のことが最初に登場したのは、1774年にスペインの探検家ホアン・ペレスがここを訪れたときのことだ。 18世紀から19 世紀にかけて、毛皮を中心にする交易が盛んになったころ、 QCIにはヨーロッパから多くの船がやってきた。

 また、ハイダ族の人々は優れた航海技術を持っていたので、大きなカヌーをあやつって現在のビクトリア周辺にまではるばる交易に出かけて行ったという。

 このころ、QCI には少なくとも126の集落に1万4000人以上の人々が暮らしていたと考えられている。

 しかし、ヨーロッパ人との出会いで持ちこまれた伝染病により、人口は 分の1以下に激減。集落を維持していく人数を確保できなくたった村は捨てられ、比較的病人の少なかった群島北部へと生き残った人々は移動していったのだ。

 現在 の人口は約6000人。ハイダ族の人々の3分の2は 以外のところに住んでいる。しかし、その内の多くがいつか島へ戻ることを望んでいるといわれている。


アンソニー島のトーテム
星野道夫氏の写真で日本でも有名になったアンソニー島のトーテムポール

残されたトーテムポールが語る物語

 疫病によって放棄された村には、今も住民は戻ってきていない。しかし、集落跡には無言のうちに村民の歴史を伝える住居やトーテムポールが残されている。

 トーテムポールは宗教的な礼拝の対象ではない。文字による伝承を行わなかったハイダの人々が、家系に関する伝承や、戦いや祝い事など記録すべき出来事を象徴的に刻みこんだものだ。

 トーテムポールは腐敗などに抵抗力の強い杉の木に刻まれているが、それでも厳しい自然にさらされて、あるものは傾き、あるものは地面に倒れて朽ちている。朽ち果てて土に戻れば、新しい木々はそこから栄養をもらって森が再生を始める。

 ハイダ族の人々は、トーテムポールを大切にはしてきたが、保存しようと努力するのではなく、自然のサイクルにまかせてきたのだ。

 ハイダ族の人々が共生していた自然に囲まれて朽ち果てようとするトーテムポールは、博物館に「保存」されているものの何倍も強く人々の心を打つ。

 ハイダ族の人々はトーテムポールが崩壊するスピードを遅くしようとはしているが、永久に「保存」することは望んではいない。

 この群島の一つアンソニー島がユネスコの世界遺産に指定されたのもうなずける。ここはハイダ族やカナダ人だけの遺産ではなく、人類全体がここの自然、そして残されたトーテムポールが語りかける歴史に耳を傾けるための場所なのだ。

 アンソニー島のトーテムポールを何日もかけて撮影したという星野氏の耳には、どんな言葉が聞こえていたのだろうか?    
(取材・文 宮田麻未  写真 神尾明朗)