MAPLE 2004

2004年4月 15号 掲載


新緑の木陰で読書はいかが?
「通」が薦めるカナダ作家の本

 読書といえば秋というのが普通だが、新緑がまぶしい頃も日差しも柔らかくて、外で読書をするにはピッタリのシーズンだ。お天気が良い日には、公園の大きな木に寄りかかってゆったり本を読んでみてはどうだろう。『赤毛のアン』だけがカナダの本ではない。カナダの風土に直接触れられる今こそ、カナダの小説に出会うベストチャンス。

 カナダの誇る作家たち
 オタワのリドー滝は観光客が必ず訪れる人気ポイント。その滝のすぐ上に「Canada & World Pavilion」と呼ばれる小さな建物がある。ここでは、カナダが世界の中で果たしている役割について、様々な角度から紹介する展示がおこなわれている。自然科学の分野での世界的貢献から、国連軍としてカナダが世界各地の紛争地に派遣されていることまで、小学生にも分かりやすく解説してあるのが特徴だ。
 その一角に、カナダの文学について紹介したコーナーがある。一番目立つのは、もちろんL・M・モンゴメリーの『赤毛のアン』。このシリーズが世界各国の言葉に翻訳されていることも誇らしく述べられていて、日本語版の本ももちろん展示されている。しかし、カナダの文学としてモンゴメリーしか思い浮かばないのは、かなり残念だ。
 モンゴメリーの本でカナダへのあこがれを育んだ人は少なくないかもしれないが、あまり意識されていないところで、カナダの作家に深い影響を与えられた人もいるはずだ。例えば、ウィリアム・ギブスン。彼は米国サウスカロライナ州生まれだから、アメリカの小説家として紹介されることが多い。しかし、1948年生まれの彼はベトナム戦争の徴兵を拒否してカナダへ逃げ込み、UBCを卒業している。彼の主要な作品はノースバンクーバーで書かれたものだから、立派にカナダ文学の中に入れるべきだろう。
 コンピューターに少しでも親しんだ人なら、「サイバースペース」という言葉を聞いたことがあるだろう。このコンセプトを最初にSF小説の中に使ったのがギブソンだ。彼の代表作『ニューロマンサー』は、未来の日本(なぜか千葉市)を舞台にしたバーチャル・リアリティ小説。「サイバーパンク」というコンセプトでSFに新しい分野を開いたといわれている。小説だけでなく、キアヌ・リーヴスと北野武が競演した映画『ジョニー・メモニック』も、原作はギブスンの短編小説だ。あのアイディアがノースバンクーバーで生まれたと思うと、小説の読み方にも少々違う味わいが加わりそうだ。

カナダ&ワールド・パビリオン(50 Sussex Dr.)

カナダの文学をもっと知って欲しい

 「カナダの本はまだまだ日本の人には知られていません。とても残念なことだと思っています。」とおだやかな口調で語ってくれたのは中野衣梨さん。
 中野さんはカナダに関する本をリストしたユニークなサイト「ムーンプロジェクト第二企画室」(http://members.shaw.ca/moonproject_japan )を今年の初めに立ち上げたばかり。このサイトでは、観光ガイド本から政治や社会に関する研究書まで、日本で出版されているカナダ関係の書籍が幅広く紹介されている。もちろん文学書のコーナーも充実しており、ブレンドンさんおすすめの『石の天使』も紹介されている。
 「アメリカ文学とカナダ文学の違いを一言でいうのはむずかしいですが、アメリカではまず『アメリカ人』というひとくくりになったものが前に出てきますが、カナダでは『~系』ということで、それぞれの人の文化や人種的な背景が小説の中に現されていますよね。それがおもしろいところだと思います。」
中野さんのサイトでは、アマゾンなどを利用して容易に入手できる本を中心に紹介しているとのことなので、ぜひチェックしてみたい。

プロバイヤーがすすめるこの一冊

 ドナ・ブレンドンさんは、 年以上にわたってバンクーバー周辺の書店の仕入を担当してきたプロのバイヤー。そのブレンドンさんがカナダの小説として、まずすすめてくれたのはマーガレット・ローレンスの『The Stone Angel』。この本は『石の天使』という題名で翻訳され、日本の彩流社からも出版されている。
「私がこの本を読んだときは 代の中ごろでした。主人公はやや痴呆気味になった 歳の女性。年齢的には主人公と私の間には大きな違いがあるのに、この本を読み始めたとたんに、主人公にすっかり感情移入してしまったんです。老いるということが、どういうことなのか、主人公の気持ちがそのまま伝わってきたからです。」と、ブレンドンさんは目を輝かせて語ってくれた。
マーガレット・ローレンスはカナダの大平原地帯で育ち、英国でも長く住んでいた。『石の天使』では、大平原地帯の架空の小さな町を舞台に、老女が自分の歩んできた道をたんたんと振返って語る。ブレンドンさんの指摘のように、若い人でもスルリと主人公の心の中に入ってしまえるパワフルな物語だ。
「もう一冊あげるなら、モーデカイ・リッチラーの『Solomon Gursky was Here』かしら。シーグラムというウィスキーの会社をご存知でしょう?そのオーナー一族の4代にわたる歴史を基にした小説なんです。アメリカの禁酒時代にはカナダからずいぶん密輸が行われたのですが、手に汗にぎるという表現が大げさでないほどおもしろい小説です」
ブレンドンさんが紹介してくれた本の日本語訳はまだ出版されていないようだが、リッチラーの『おんどり』(Cocksure)は早川ノヴェルスから出ている。モントリオールのユダヤ人街で生まれた彼の文学には、ケベックとユダヤ系という二つの背景が複雑に絡みあい、彼にとっての「カナダ」とは何かという問いがいつも見え隠れしているように思える。

私のとっておきの本はこれ

 最後に取材担当の宮田からもおすすめの一冊。ジョイ・フィールディングの『グランド・アベニュー』だ。フィールディングの本は文春文庫の中に代表作が全て入っているので、彼女の文学の全体像をつかむのは比較的簡単だ。特に『グランド・アベニュー』は、20代から30 代にかけての女性が出会う可能性のある、様々な喜びや悲しみを題材にしており、「アッ、私にもこんなことがあったわ!」と共感する場面があちこちに出てくるだろう。