SPECIAL 2003
2003年6月 第25号 掲載
若き日の疑問から40年、ライフワークとしてナショナリズムの正体を
探り続けてきた「『原罪』」としてのナショナリズム」の著者、 金昇俊(キム・スンジョン)さんにきく
韓国で生まれ、8歳で日本に移り住んだキムさんは、日本では在日韓国人としていわれなき差別
の数々を経験した。日本の民族優越意識を憎み、15歳にして韓国民族主義者になろうと決意。しかしそんなある日、サッカー日韓対抗戦をテレビで観戦したキムさんは、当然ながら韓国を応援していたが、今一つ熱くなれない自分に歯がゆさを覚える。そして、日本が同点シュートを入れた瞬間、自分自身の反応に愕然とするのだった。
「俺、なんで、こんなにメチャクチャうれしいんだ?????
なぜ反発している日本のチームが活躍すると、こんなに腹の底からうれしいんだ?」
自分には日本人としての民族意識が備わっている!
反発しているのにそれに逆らえない自分を発見し、そう思わせる民族意識、愛国意識つまりナショナリズムとは一体何であるのか、以後40年近くにわたり、それを自らのライフワークとして学び考えきたキムさん。
民族意識や愛国心を扱った書物をむさぼるようにして読み、民族問題を社会問題として捉えたマルクスに傾倒した大学、大学院時代。20代半ばでカナダに移住してからも、ナショナルな観点から人々を観察し、あらゆる人々の論に耳を傾けた。ナショナリズムに関する歴史への造詣も深め、その結果
出した答えが、「ナショナリズムは多くの人がそう信じているような、神代の昔からあったものではなく、人類史の一定段階、それもほんの数百年前に生まれたものである。ナショナリズムは相対的な観念に過ぎず、それに必然的に内包されている排除・差別
の構造ゆえに、必ず毒薬に転化し多くの人々を不幸にする運命にあった。一方人間には自分の所属する集団(家族・親族・共同体など)に強い帰属意識を持ち、それを物神化し崇める本性がある。こうした“歴史過程”と“人間の本性”が合体して、近代的に特有なナショナリズムが言わば必然的に誕生した。その結果
、現代人は必ず強弱様々なナショナリストになってしまう因果な存在となった。だから現代人は自分がそのような“原罪”を背負っていることを自覚することでしか、ナショナリズムを相対化し、その悪・毒を薄めることはできない」という独自のナショナリズム論である。
キムさんがまとめたナショナリズム論は、新しい切り口からしかもナショナリズムを原点から見つめていると関係者からも注目されている。
スポーツ応援意識もナショナリズム?国への思い入れのキーワードは“自己形成期”だった!
―オリンピックやワールドカップなどで、日本人は当たり前のように自国の日本選手を応援していますが、これもナショナリズムでしょうか?
キム「自国の選手を応援するのはナショナリズムの平和で素朴な表現です。私だって、日本やカナダ、韓国を応援する時は熱くなりますよ。私は人種のるつぼといわれるカナダにおいて、何十年にもわたり意識的に、しかも様々な民族的背景を持っている人々に、“あなたにとって一番深く思い入れをしている国はどこか?”という質問を続けてきました。その結果
、興味深い一つの共通点をみました。それは、思い入れは所属する民族や帰属する国籍、住んでいた期間に影響されるのではないのです。一番強い思いを抱くのは、自己形成期を過ごした国に対してなのです」
韓国8年、日本19年、カナダ30年。3つの国で在住経験を持つキムさんだが、自己形成期に住んでいたのは日本。だからこそ、日本への思い入れが一番強く、自然に日本を応援してしまう理由の説明がつくという。
なぜ自国の選手を応援するのか?
―自分の国を応援するのは楽しいのですが、やはり危険なことなのですか?
キムさんがいうところの毒、すなわち悪影響を及ぼすようなことなのでしょうか?
「いえ、純粋に自国の選手を応援すること自体に毒はありません。しかし、なぜ自国の選手を応援するのでしょうか?なぜ自己形成期に住んだ国を愛するのでしょうか?これは普通
に考えられているほど自然なことでも、当然なことでもありません」
「それは自己形成期に住む国の環境のなせるわざです。国を愛するのが当たり前と考える人が周囲にたくさんいて、自己形成期にある子供達は、その社会の空気の中で模倣しながら、伝統や文化を身につけ、その地の人となりを形成していきます。自分たちの所属する国家や民族を誇る意識を周りによってうえつけられるのです。ナショナリズムが、自分達をエライと思い、同じ国家や民族に所属しないものをエラクないと差別
する、そういう方向に動き出した時が危険です。エライ者はエラクない者を差別するのは当然という意識、自国優越意識が暴走することが毒なのです。しかも、ナショナリズムは自覚しないとまず間違いなく毒に転じます。だからこそ、ただ流されるのではなく自分達でそのナショナリズムの危険性をしっかり認識して、その暴走を自分達の中で止めなければならないのです」
毒化したナショナリズムつまり日本人の民族優越意識により、在日韓国人として理不尽な差別
を受けたキムさん。その内容については多くを語らないが、いかに人間として傷つけられていたか、示すエピソードがある。
「大学生の時に日本で韓国人として生きようと決意しました。親友に自分は、本当は韓国人であると告白しようとしましたが、本当に苦しみました。私が韓国人とわかったら、自分から離れていってしまうのではないかと恐れました。悩んで悩んでついに告白したのですが、なんだ、お前そんなことで悩んでいたのか?と言われまして….その日を境に私はその親友と、隠し立てのない真の友になれたような気がします。今でも大事な友です」
カナダでは差別を意識しないで働き生活できる。身のとろける思い。天国ですよ!
―カナダでは自分の国籍も民族も隠す必要はなく、むしろそれを堂々と言える環境にありますよね。
「あー、もう天国ですよ!(笑)移住してきて最初の数年は、物心ついてから初めて、差別
を意識せずに働き、生活できる幸せに身のとろける思いでした。当時の日本では在日韓国人の就職は非常に難しく、カナダに移住してきた理由も、大学院まで出ても、ろくな就職先がなかったからなんです。ところが、カナダに移住して、当時まだ半官半民だった日本航空が現地採用で雇ってくれたのには、本当にびっくりしました。日本人にとってすら憧れの日本航空に雇われるなど、夢のまた夢で、それが実現したのですから。もう最高!と思いましたよ」
著書ではナショナリズムの歴史や本性の追跡、新しい歴史教科書問題だけでなく、9.11テロ事件以後のアメリカとカナダの関係や、バンクーバーでの日常生活にも触れながら、身近な自分の体験を通
してナショナリズムとは何か、そしてそのあり方を探っている。カナダをナショナリズム的な視点で捉えている点でも貴重な一冊と言えるのではないか。
韓国人に「日本は過去において日韓併合など韓国人に対して非道の数々を行った」と責められたらどうしたらいいか?
キムさんは日韓謝罪問題についても同書の中で章を設けて言及。日本からカナダに留学してきた学生が、韓国人留学生から過去の歴史を持ち出され、どうしたらいいのか戸惑うという話は珍しいことではないが、キムさんの打ち出すアドバイスは歯切れがよく、また両国の事情をよく踏まえているだけにとても説得力がある。
「日本人よ、君達は昔あったことに対して道徳的責任を負う必要はない。なぜならそれは君達がしたことではないからだ。『同じ日本人』である祖先が非道をしたからと落ち込むことはない。人は自分自身がなしたことに対してのみ道徳的責任を負うのだ。ただし、今日の価値観からしてあるべきでなかった、日韓併合をはじめとする歴史的非道がなぜ起きたのかは学んで欲しい。君達は『同じ日本人』として、思考パターン法や行動パターンには昔の日本人と近いものがあり、歴史的非道を批判的に理解しない限り、また同様なことを繰り返す危険性があるからだ。歴史を総括的に研究し、生産的な教訓を導きだし、二度と同じようなことが起きないよう最大限の努力をすべきだと思う」。同様に、同胞である韓国人に対してもキムさんは、厳しいけれど温かみのあるアドバイスを打ち出している。
若い人にぜひ著書を読んでもらいたいというキムさん。特に後半はわかりやすい語り口調で、読者の心に直接訴えかける。キムさんの打ち出す視点に目を開かれる思いをする若者はきっと少なくないはずだ。
(取材 下坂陽子)
プロフィール 金 昇俊(キム・スンジュン)
1945年韓国生まれ。
1953年日本へ移住。国際基督教大学で経済史、立教大学院で経済学説史を専攻。 大学生の時に中村昇俊という日本名(通
名)から、本名キム・スンジュンを名乗る。 1973年カナダ移住。Sung Joon KIMを名乗る。
日本航空、OKギフトショップ勤務。 2001年セミ・リタイアと同時に本書の執筆始める。
2003年3月15日 本書出版。
ぜひ読んでみたいという方はキムさんまで連絡を(本代、送料込み20ドル)。
電話(604) 506-5584 Eメールsjkim60@hotmail.com.