2003年2月 第7号 掲載
去る一月三十一日、ダウンタウンのホテル・ジョージアで、恒例になっている企友会主催の新春特別
講演会が行われた。企友会は、日本と何らかのビジネス関係のある企業や個人を中心にした交流組織で、異業種間での情報を交換や懇談会などを定期的行っている。講師を招いての勉強会の企画にも熱心。特に新春特別
講演は会員外にも公開されているので、毎年参加を楽しみにしている人も多い。今回も百席ほどの会場はほぼ満席。用意されたサンドイッチやコーヒーを楽しみながらの名刺交換会の後に、二人の講師による講演が行われた。
会員の直面する状況に合わせたタイムリーな講演内容
今回の講演会は、まず在ヴァンクーヴァー日本国総領事館総領事、小沢俊朗氏による「緊張する国際情勢と雑感」と題した講演、その後に、世界的に有名になったトヨタの生産方式についての講演と、一見対照的な内容の二つの演題が並んだ。しかし、共に現在の日本、それに深く係わっている企友会会員の状況に関連したタイムリーな内容だった。
小沢総領事は、外務省の中でもアメリカなどの現場での外交官経験も長く、国家の安全保障問題に直接関連したセクションでの実務経験も豊富。「これはあくまでも私個人の意見」とことわりを入れながら、イラクや北朝鮮の状況、その歴史的背景と問題点に加え、今後予想されるアメリカや日本の動きなど、現在の国際情勢を考える上での基盤となる重要なポイントを的確に指摘した。講演の冒頭では、「冷戦終了後、唯一の超大国となったアメリカは世界の主要国との協調体制をとり、国連も本来の機能を発揮できるようになって、多角的な協調主義による世界システムが構築されつつあった。しかし、二〇〇一年九
月十一日のテロ事件で、アメリカの脅威・認識が大きく変化し、今や、圧倒的な軍事力をもつアメリカを中心とする新たな世界システムが生まれつつある。」と指摘。この新しい「世界システム」を把握することが、今後のイラク情勢を理解する上で重要な鍵になると語った。聴衆の多くは、小沢総領事の平易な話ぶりの中にも事態の深刻さを感じとった様子で、しだいに会場全体に緊張感が広まっていった。
トヨタの神話と現実
小沢総領事に続いて演台に立ったのは、バンクーバー貿易懇話会の会長、宮本昌司氏。宮本氏はカナディアン・オートパーツ・トヨタの副社長で、トヨタの自動車に使われるアルミ・ホィールの生産を担当している立場から、「トヨタの物造りのしくみ〜トヨタ生産方式について」と題して講演した。
宮本氏は長時間の講演をした経験はないと言いながらも、終始落ち着いた態度で「トヨタ生産方式」の基本とその現実的な状況を語った。まず宮本氏は「トヨタ生産方式」が、不況に対応するのに適したものであることを強調。「トヨタで一番やってはいけないことは、『売れないものを作る』ことです」と述べた。
「トヨタ生産方式」は世界的に有名なもので、日本ばかりでなく海外でも解説書が数多く出版されているほどだ。その基本になるのは徹底的に無駄
をはぶいた生産方式だといわれている。これに対し宮本氏は、「『かわいたタオルをなおしぼる』ほど徹底的で、下請け企業に様々な要求を無理強いする…というイメージがあるようですが、私達は誹謗だと思っています」と笑顔を見せながら語る。
「例えば『百メートル移動する』という仕事があるとしたら、私達はその百メートルをダッシュしろとか、十秒で走れとか言うのではありません。同じ仕事を『五十メートルの移動で済む方法はないか?』とか『全く移動せずに済ますことはできないか?』とか考えようとしているだけです。」と、宮本氏は「トヨタ生産方式」の本質を例えを挙げて述べる。「無駄
な動きのない仕事」、「それぞれの従業員がもっと価値のある仕事をしてもらえるように考え」、「従業員にどんどんアイディアを出してもらう」というのがトヨタ生産方式の重要な柱だと強調した。
「まるで『トヨタ教』みたいだ、と言われることもありますが、自分でも少しそんな所があるかな、と思うことがあります。例えば、空港などで待っていると、つい空港のスタッフの動きが気にかかってしまい、同僚と空港従業員をいかに減らすかについて検討したくなる『発作』におそわれてしまいます」と宮本氏は再び笑顔を見せた。宮本氏によれば、空港や病院は最も従業員の動きに無駄
が多く、効率が悪く見えるので、待ち時間の間につい合理化案を考えてしまうそうだ。
「在庫を少なくする」は目的ではなく手段だ
一般に流布している「トヨタ生産方式」のイメージでは、「各生産段階での在庫を徹底的に少なくする」というのが基盤と言われている。しかし、宮本氏は「在庫を少なくするというのは手段であって目的ではない」と指摘する。
「Just in timeというのは、トヨタ生産方式の核の一つです。必要なものを、必要な時に、必要なだけ供給する…遅いのはもちろん、早すぎてもだめ。そのタイミングも時間単位
、時には秒単位で計画を立てる必要があります」
その計画を立てる際には「売れるものを作る」という大原則が基本。しかも、「売れるもの」と「売れるみこみのもの」との本質的違いをきちんと把握する必要があるという。
もう一つの重要な核は「オートメーション」。普通の日本語では「自動化」だが、トヨタでは「自働化」ととらえる。「自動化」されたものでは、機械に不調があって不良品が出始めたら、そのまま作り続ける可能性が高い。不良品が出始めたら、自ら生産を停止するような機械化を考えるのがトヨタのオートメーションなのだ。
さらに宮本氏は、「トヨタ生産方式」の中でも特に有名な「カンバン方式」と呼ばれる生産方式について、ハンバーガー屋におけるハンバーガーの生産と販売に例えてくわしく解説した。一般
に言われている「カンバン方式」とは、製品にはそれぞれカンバンがついており、Aというカンバンのついた製品が一つ売れると、そのカンバンが生産に回されてAという内容の製品がまた新たに作られることをいう。ここで問題になるのは「リードタイム」だ。例えば、ハンバーガーの注文を受け、作り始め、お客にできあがったハンバーガーを手渡すまでの時間が五分とすると、「リードタイム」は五分ということになる。五分間に五人の客が来るなら、五個在庫を持っていれば、客を待たせずに在庫からどんどんハンバーガーを売ることができるというわけだ。
チーズバーガーが一つ売れたら、そのカンバンを生産部門にまわし、チーズバーガーを作り始めれば良い。しかし、ハンバーグを床に落としてしまったり、機械が壊れてしまったりしては、このリードタイムの流れが乱れてしまう。いかにリードタイムを短くし、不良品を作らず、機械が壊れないようにもっていくかがポイントだ。障害になりそうなファクターを顕在化させ、それをつぶしていくのが在庫をコントロールする重要な目的といえよう。
しかし、宮本氏は理論だけでは「トヨタ生産方式」は機能しないと強調する。
「カンバン方式は人間の性(さが)と合わないからです。人間は先の安心を欲しがる。
『もしかしたら十人のお客様が買いにくるかもしれない』などと考えがちだからです」
人間の自然な発想に反する考え方が基本になっている以上、トヨタの方式を徹底させる継続的な教育が必要で、システムだけをまねても成功しないだろうと宮本氏は言う。
米国では、昨年トヨタの車は百九十万台も売れている。日本国内での販売台数は百七十万台だから、すでにアメリカ市場は日本より大きい。宮本氏の会社で生産されるホイールも開業当初は100%日本向けだったが、今では
%はアメリカで生産されるトヨタ車に使われているという。「トヨタ生産方式」を北米でも実行し、成果
をあげてきた自信が宮本氏のおだやかな口調の所々に感じられた。 (取材・写真 宮田麻未)