2003年2月 第7号 掲載


日系人や移民がより多くカナダ社会の中で 活躍できる組織や機会を作りたい!
ゴールデン・ジュビリー勲章受章が決まった、小松和子氏(PWB社長)

小松和子氏、今まで手がけたビール各種をバックに。

     1997年のバンクーバー・ジュニア・ボードオブトレード・ジェイシーズの「ビジネス・リーダー最優秀賞」、また1998年の「BC州勲章(Order of BC)」 など名誉ある賞を数多く受章してきた、パシフィック・ウェスタン・ブルーイング社の小松和子氏は、英国女王即位 50周年を記念して与えられる今回の「ゴールデン・ジュビリー勲章」の受章も自分では全く予期していなかったという。
 「えっ?という感じでした。連邦政府から勲章の知らせを頂いて、初めて自分が選考の対象になっていたことも知りました(笑)」
この勲章に適うべく、今以上にもっと社会や国へ貢献せねばと思っています。
 「この受章は社会へもっと貢献しなさいと言う自分に対しての励ましや勇気を与えてくれます。カナダの勲章選考は、実に多くの手続きを経て行われます。というのも私自身、BC州勲章の選考委員に選ばれた経験があり、その時に、どのように受章者が選ばれるのかを知りました。推薦状に伴ってさらにそれを支持する数多くの推薦状が必要で、選考会議も何度も行われます。選考委員の選出も閣議で承認されなければならず、また1年で交代するなど、個人の思惑は一切入り込む余地などなく実に公平です。今まで勲章を受章した方たちは、ある意味でなんらかの形で、他の人々が必要としていることのために、長期にわたり自分の多くの事に対して犠牲を払ってきています。それを犠牲とも思わずに他の人々に貢献しています。そういった裏事情を知った上での今回の受章はとても身がひきしまる思いでした。『もっともっと仕事をしなくては!もっともっと貢献しなくては!』そう感じています」
 3月1日に行われる授章式会場が『ターミナル・クラブ』に決まったのも小松氏のリクエスト。
 「バンクーバーのビジネスクラブですが、昔は人種や女性差別があり、非常に排他的な場所でした。今は日本人も女性ももちろん会員になれます。日系社会の方々にこのクラブをもっと紹介したい気持ちもありました」
日系ビジネス社会が密接にカナダの社会やビジネスと関われる組織や機会を作りたい
 「この授章式に際して2つ目的があります。一つは今まで御指導御協力下さった方々に感謝の気持ちを込め御礼を申し上げたい。もう一つは、カナダに住んでいる日系人や移民の方々が積極的にカナダ社会の中に入って行き、カナダと日本の両国が相互協力できる組織を作って行きたいと思っています。日本とカナダのビジネスが公式に始まってから来年で75年になります。日系人としてまた移民として我々の立場はどこにあるのか、今後どうあるべきかを考えるいい時期ではないかと思います」  「25年間続いた日加経済人会議が昨年幕を閉じました。そのこともあり、新たに日系ビジネス関係者が日系社会の中に留まらず、カナダ社会の中に堂々と入り活躍して行けるような機会や企画を設定し、カナダ社会との横のつながりがとれる組織作りをして行きたいと思っています。その事を受章式の席で皆様に発表したいと思っております」
私達移民は大きな夢と希望を持ち、日加両国が繁栄することを望んでいます!
 「『カナダに住む日本人移民は太平洋の真ん中にいる感じがする』という声をよく耳にします。カナダ社会との交流を積極的に持たず、かといって日本の社会や政治に深く関わっているわけでもない。移民になっても、市民権を取得したとしても中途半端なところにいる人が多いと聞きます。だからあなたの立場は?移民として何ができるでしょうか?と問いかけたい」
 「我々は大きな夢と心を持って移民となりました。日本という国を捨ててきたのではなく、常に日本とカナダ両国の繁栄を望んでいます。英国、中国など他国の移民と彼ら本国との関わりを見ると、移民も本国もお互いに尊敬の念を持ち密接な協力関係を築いているように感じます。広い大きな心を持たずしてグローバルな時代に我々民族の繁栄はないのではないでしょうか。移民の方々も日本国に向かって積極的に意見を上げていく力を持つべきだと思います。また、このカナダという移民の多い社会にいるからこそ、尚更、同じ日系人、日本人として助け合い我々の立場を世界的に高めていければと願っています」
PWBの次なる焦点は『スポーツドリンク』
 77年にカナダ移住して以来、小松社長は様々なビジネスを手がけているが、特に1991年に倒産寸前だったビール製造会社パシフィック・ウェスタン・ブルーイング社を買い取り、誰もが疑った再建を成し遂げた手腕は、バンクーバーもしくはカナダのビジネス界でよく知られるところ。ビール輸出の主な相手国である日本の長引く不況は、PWB社に影響はあるものの、従来のビール販売だけに固執せず、小松氏のアイデアの下に誕生した新製品で、新たなる発展を続けている。その一つが97年に発売開始した、北米初の非遺伝子組換原料使用のオーガニックビールだ。
 「オーガニック・ビールは毎月売上が伸びています。宣伝もせず種類も1種類ですが、口コミ等で広がっているようですね。100%純正有機農法ビールで、品質には絶対の自信を持っています」
 そして、日本の会社とのジョイントベンチャーで設立したネイチャーランド・バイオ・プロダクツ社から、ロッキー山脈の天然水を利用したスポーツドリンク『エナジー・マックス・スポーツ』の本格的な販売を今春に開始する。
 「米国ホワイトハウスでカーター前大統領の栄養管理チーフを務めたW.ウィーラー博士の特別 調合で出来ているエネルギー・ドリンクです。従来のスポーツドリンクとは違い甘さを控え、飲みやすくしました。実はソルトレークシティー五輪で、メダルラッシュに沸いた米国スノーボードチームのために博士が特別 調合したドリンクと同じものなんです。先日バンクーバーのプロサッカーチーム『バンクーバー・ホワイト・キャップス』も、このドリンクを採用することを決定しました」  
「また、今春にやはりロッキー山脈の天然水を使用した新たな飲料の発売を開始します。甘味は加えておらず、こういう飲料を求めている消費者も少なくないと狙ったわけです。またカナダでは発売していませんが、日本向けに健康補助食品も発売しており、こちらもいい評判を頂いています。常に人々が求められるものは何かと考えていますが、こうしたアイデアは深く考えたものでなく、パっとひらめくんです。ただそれを実現化するのにやはり3年はかかりますね。きちんとした品質のものを出したいですから…」  
『確かな品質』。これこそが小松氏がこだわり続け、そしてその成功を引き出す原動力にもなっている。
なぜそこまでに『品質』にこだわるのだろうか? 品質にこだわる姿勢は父母から自然と学びました。
 「造り酒屋だった実家の父母の影響が大きいですね。父は『品質、品質』が口癖でした。品質がよくなければ、いくら宣伝しても中味が伴っていかない、中味がよくなくて宣伝しても結果 的に長くは続きません」
 「子供の頃から、品質、本物というものを教えられて育ちました。『本物』を実際に見て育った環境の影響も大きいと思います。実家には無垢の家具が多く、玄関には当時の日本には珍しく本物の大理石も敷いてありました。本物は年月を経ると、かえってそれが価値に変わり、味がでるということを自然に学んだのです」  
「それは人間性にもいえますよね。我が家が、一番きらったのが『自分の都合で手のひらを返したように人が変わる人』よい時も悪い時も、人間としての本質を自分で変えてはいけない、人間としての質を持ち続けるよう教えられてきました。今の自分にも言い聞かせていることです」  小松氏は自他ともに認めるポジティブ人間。ここでも御両親の影響が大きいという。
『問題』は『新しい挑戦』だと考えます
 「父は楽天的で、母親もポジティブな人でした。特に母からは女性も教育を受け、精神的な独立をしなさいと諭されてきました。何か問題が起きても度胸を決めて、『問題があるのは生きている間だけ、問題を解決できるのも生きている証。死んだら問題はないのだから』と考えます。そう、『問題』ではなく、『新しい挑戦』と考えるのです。今までを振り返ってみても、そうやって解決の方向を探しているうちに、いつのまにか解決できていたような気がします」「私は決してりっぱな人間ではないんです。毎日自分を叱咤激励しています。自分にとって敵は『傲慢』です。自分の中にある傲慢です。毎日自分を磨くよう努力しています」
 多忙を極める小松氏だが、時間を見つけては、ガーデニングと音楽鑑賞でリラックスした時間を楽しむ。好きな音楽は?と尋ねるとクラシックとロックという意外な組み合わせの答えが..。  
「ロックは意外?(笑)バンドにこだわらず、何でも聞きますよ。特にビートが利いた曲が最高ね!音楽も、形ではなくあくまで中味重視なんです」 (取材 下坂陽子)